カテゴリ:偉大なる人々 ( 45 )

やっぱり晴れ男だった!

今朝は朝から人と会うために加古川へ!

新快速に乗っていたら、三ノ宮の手前から雨模様になり、
須磨あたりでは車窓から外が見えないくらいの猛烈な雨!

この猛烈な雨、どうなるのかなあ?

これまで晴れ男の確率が高いので、大丈夫だろう!

西明石では雨が止み、加古川では青空になりました。

やっぱり晴れ男だった(笑) 

食の分野ではなく、凄い工作機械の達人の経営者の方にお会いしてきました。

こんなことができるんだ!と感嘆しきり!

壮絶な生き様と仕事に対する姿勢…色々と教えていただき刺激をいっぱいいただきました。

朝、猛烈な雨だった明石大橋も帰りはすっきりとした晴れ間が…

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まさに、心境を表しているような…

メールより電話、電話より直接お会いして薫陶をいただく!

とにかく、今年は前向きに考える人にお会いすることを優先活動にしています(ペコリ)
by mitsuketai | 2014-09-11 23:58 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

ソチオリンピック 女子モーグル、昨晩の上村選手の決勝レースを見ていて、
これはとうとう表彰台!銅メダルに手が届いたと思った。

事実、今回の判定には疑問の声も上がっている。

決勝レースまで上村選手のタイムは少し遅かったが、
決勝ではさすが勘所を押さえているとしか思えないくらいの
ターンの素晴らしさとタイム。

もちろんエアーも文句の付けどころがないくらい!

本人のゴール直後の自然なガッツポーズが何よりの証拠。

なぜ、点数が伸びなかったのか?

それは上村選手が第一滑走だったこと!

審判もそれなりに素晴らしいと思ったはず!

ところがこのモーグルはタイムもさることながら、採点競技でもある複雑な競技…

第一滑走で高得点を出してしまったら、あともっとすごいのが出てきたら…

そのために最初に滑った上村選手の得点は出来栄えに反して伸びなかったのだと推測します。

所詮、ジャッジも人間、たぶん最初の採点はしまったなあ!と思っているのでは…

銅メダルは獲得できなかったけれど、それはジャッジの不運というかつきまわり!

だから、上村選手には銅メダルを首にかけているつもりで返ってきてほしいし、
少なくとも、私の脳裏には銅メダルをかけている上村選手の姿が想い浮かんでくる(ペコリ)
by mitsuketai | 2014-02-09 23:33 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

NHKの大河ドラマ 軍師官兵衛が始まりました!

戦国乱世の世の中、官兵衛とくればやはり秀吉の存在が欠かせません。

秀吉には竹中半兵衛や黒田官兵衛といった知恵者をうまく使いこなしたことで
その他の戦国大名とは一線を画します。

また秀吉ほど多才な人材を登用しています。

はてさて、今回ご紹介させていただくのは、竹中半兵衛や黒田官兵衛と違って
天下統一に貢献があったのかは疑問ですが、面白い考え方でもって
秀吉に仕えたのが曽呂利新左エ門とは豊臣秀吉のお伽衆(とぎしゅう)の一人。

お伽衆とは大名などのそばにいて、話し相手を勤める役です。

堺の浄土宗の寺に間借りしていた刀の鞘師(さやし)で、細工が上手。
どんな刀でもそろりと鞘に入ったから、曽呂利というあだ名がついたとか…

のちに秀吉に召されお伽を勤めるが話術に長じ、森羅万象にわたる豊富な知識をもとに、
軽口・頓知(とんち)・滑稽噺(こっけいばなし)を語って秀吉に気に入られたという。

この解説はこちらのサイトに掲載されています…ご興味のある方はクリック!

秀吉から何でもご褒美を与えるという言葉に対する米の倍増しの話は面白い(笑)

ご興味のある方は詳しい解説がココにありますのでクリックして下さい!

天下統一を果たす秀吉にはこういう人物も時にはうまく使いこなす器量が必要なのかもしれません!

戦さだけでは果たせなかった天下統一、軍師官兵衛にもこれまでスポットライトが当たらなかった
新しい登場人物も楽しみにしたいと思っています(ペコリ) 
by mitsuketai | 2014-01-20 21:04 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

昨夜から今朝にかけて、やしきたかじんさんの死去のニュースと
関係者の方々のコメントが世間を駆け巡っています。

関連ニュースはこちらをクリック

関西以外での反応はどうか分かりませんが、
関西地区ではこのニュース一色みたいな感じかも…

ともすれば破天荒な生き様や毒舌が目立つ方でしたが、
実際はその反対で、目に見えないところでものすごく気遣いされる方かなあ!と
思っていたら、色々な方のコメントを拝見しているとその通りでした!

それ以上に、食道がんの手術を経験した者として、勝手に同志として
復帰を望んでいたので残念であり、無念です。

一時、番組に復帰されましたが、あれも各局に気遣いをされて、
一気に週3本はおそらく身体には堪えていたと思います。

食道がんの手術の場合、食道を切除して胃を引っ張りあげるので、
気遣いや気疲れがたまってくると、胃の部分にものすごく負担がかかるのです。

これはいくら説明してもご理解してもらえないと思います。

経験した者でないと、このつらさは分かりません。

食べたものを全て吐いてしまう苦しみとの闘いです。

そのつらさが痛いほど分かるので、ボチボチ1つの番組から、
何回に1回の出演からされた方がいいのでは!と
思っていましたが、義理人情に厚いご性格がそれを
許さなかったのだと思います。

本当に残念です!

どうか安らかに!とご冥福をお祈り申し上げます(ペコリ)
by mitsuketai | 2014-01-08 19:03 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

魔法の塗り薬

ここに白い容器に入っているのが魔法の塗り薬! 

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この塗り薬、ちょっとした切り傷やすり傷、やけど、虫刺されなど
さらりと塗っておくと効き目抜群なのです。 

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オキシドールの何倍もの効き目があります。

この塗り薬、2個をもう30年来お世話になっている皮膚科の先生のところに
1年に1回もらいにいきます。

患者さんにも人気が高く、常時携行されておられる方も多いとか…

毎年、中国のある村に行かれる方はある日、ちょっとした傷をこの薬を
塗ってさしあげたところ、たちまち大評判となり、万能薬のように
上げ奉られているとか…

それはさておき、以前は花粉症のシーズンになるとお世話になっていたのですが、
その当時から先生には“もっと痩せなさい”と…

“痩せれば花粉症の湿疹も緩和される”

幸か不幸か、食道がんの手術を経験して、スリムになった結果、先生のおっしゃられる通りに…

そこでここ2年は1年に1回、この魔法の塗り薬をいただくのに診察を受けます。

先生とは1年に1回、色々なお話しをするので、ついつい診察時間が長くなってしまいます(苦笑)

待っておられる患者さんには申し訳ないと思いつつ、病気に関する考え方やお医者さんとのお付き合いの仕方など
色々とためになる話を教えていただいています。

毎年1回、11月にこうしてお話しできるのは、お互い無事な証拠ということを確認する場となっています(ペコリ)
by mitsuketai | 2013-11-20 23:58 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

ソフトバンクホークスの笠井社長がお亡くなりになられました!

日経新聞夕刊の人間発見の連載も始まったところで楽しみにしていたのですが…(涙)

まずは謹んでお悔やみを申し上げるとともに、ご冥福をお祈り申し上げます。

ソフトバンクホークスの球団経営のみならず、今日のソフトバンクを財務面、経営面から
支えた最大の功労者が笠井さんだと言われています。

笠井さんは香川県のご出身!香川大学のご出身で、香川大学の同窓会の
インタビューにその人となりを語っておられます。

香川大学の同窓会のインタビュー記事はここをクリック!

かれこれ50年以上前、笠井のお母様とうちの母親が偶然にもちょっとしたご縁があり、
富士銀行の副頭取からソフトバンクに移られ、ご活躍されたのを新聞報道等で
耳にすると、あの笠井さんの息子さんだと…

インタビュー記事にも伊藤忠に勤務されておられたお兄さんが登場されます。

僕が生まれた頃、当時住んでいたアパートにそのお兄さんもご夫婦で住んでおられ、
お子さんが生まれたので、笠井さんのお母さんが高松からお手伝いに来られていたのです。

昭和30年代のアパートは物干し場は共同でした。

うちの母親も高松高等女学校に通っていたことがあったので、
偶然にも物干し場で笠井さんのお母さんと高松の話に…

その時に、お母さんが今度、うちの息子が富士銀行に就職されるとの話も…

後から考えれば、その息子さんが実は、笠井さんその人だったのです。

ご両親は地元の百十四銀行に就職してくれたらとのご希望をお持ちのようでしたが、
ご本人は青雲の志を抱いて、どうしても富士銀行にお世話になりたいとご両親を
ご説得されたと伺っています。

当時は地元 香川県では百十四銀行は名門でしたから、ご両親のお気持ちもうなづけます。

たったその時の出会いだったそうですが、うちの母親はその話をお伺いして
笠井さんはきっと偉くなられると何となく感じたようです。

その後の立身出世は皆さんのご存知の通りです。

たぶん、あの世で笠井さんはご両親にこれまでのご活躍をご報告されていると思います。

ソフトバンク=孫さんのイメージがありますが、財務・経営面での手腕は笠井さんの功績は大きいと思います。

笠井さんなくしては、ソフトバンクの事業もここまで大きくなっていたかどうか…

まだまだこれからも必要とされておられたことには残念さを感じますが、先ほどのインタビュー記事を
改めて読み直してみると、現代詩に関する研究論文を書いてみたいという夢もお持ちのようでしたので、
あの世でゆっくり、もうひとつの夢を楽しんでいただければとお祈り申し上げたいと思っています(ペコリ)
by mitsuketai | 2013-10-22 19:15 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

ヤクルトスワローズのバレンティン選手が王さんの年間最多本塁打記録55本を
あっさりと抜いてしまいましたね!

打ったバレンティン選手もあっぱれだが、王さんの記録はいわば聖域みたいなもので、
複雑な気持ちの人もいらっしゃると思います。

それでも記録は破られるもの!

そこに様々な分野で進化があり、努力があると考えるのが正しいかもしれません!

ところでバレンティン選手の故郷はカリブ海に浮かぶオランダ領キュラソー島だとか…

キュラソー島といえば、キュラソー酒と呼ばれるリキュールがある。

ブランデーや中性スピリッツにオレンジの果皮の香味成分と糖分を加えたものがキュラソー酒

代表的なものはホワイトキュラソーのコアントロー

洋菓子の世界ではよく使われているのは周知。

オレンジゼリーに少し入れるだけでグッと美味しくなる。

バレンティン選手⇒キュラソー島⇒コアントロー⇒オレンジゼリー

こんな連想をしてしまうのは、僕だけだろうか…(ペコリ)
by mitsuketai | 2013-09-16 23:49 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

モスクワの世界陸上 女子マラソンで福士選手が見事、銅メダル獲得。

かつての大阪女子マラソンでトップを走りながら、最後は失速しても、
笑顔を絶やさず、あっけらかんとした性格にはいつも感心していました。

たいていの人、日本人の多くは自省の念が強く、悲観的に考えるのですが、
その点、福士選手はいつも前向き…うらやましいなあ!と

性格や考え方を変えればいいのですが、なかなかそう簡単にはいきませんよね!

今回も一時は先頭集団から離され、メダル圏外に後退しながらも、最後の粘りで見事、銅メダル獲得!

レース後のコメントが素晴らしい!

疲れたな。頑張ったな、私(笑)。(30キロで先頭集団から離れたが?)その時は周りを楽しもうと思っていました。

そうしたら前の選手が落ちてきて、それで元気になれるという話を聞いていたけど、本当に元気になりました。

ただ、また抜かされると思っていたので、『もういいや』と思いました。無欲で走りました。

離された時は足にきていて、前の選手には対応できませんでした。
その時はメダルをあきらめて『もういいや』と思った。

ただ、足にもきているし、いろんなところにきていたので、楽しもうと思って走りました。楽しんだレースでした」


勉強もスポーツもビジネスも何もかも、相手やライバルとの競争に打ち勝たなければなりません。

しかしながら、正直なところ、最後の最後はもうひとりの自分との心の葛藤に打ち勝つことだと思います。

相手のことをとやかく気にする前に、自分ができること、自分がやるべきことをキッチリする。

それを真剣にしていたら、相手のことをとやかく言う余計な余裕なんてありません。

そして、自分が楽しみながら、自分に与えられたことを粛々とこなしていく。

そうすれば、自分にもご褒美が転がり込んでくる…

福士選手のレース後のコメントに大事なことを学ばせてもらったような気がします(ペコリ)
by mitsuketai | 2013-08-12 21:41 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

NHKのEテレ 東北未来塾で“農業のチカラ”が放送されている。

4回シリーズで多田自然農場の多田克彦さんの対応が特集されている。

TPPだの六次産業化など声高に叫ばれている中で、
地に足の着いた農業活性化に取り組んでおられるので
興味深く視聴させていただいた。

年に1回のコメ作から年4回回転するほうれんそうのハウス栽培への発想の転換。

つまり知識集約型農業へ…

微生物をうまく使うことで、牛舎のにおいや環境もも改善すると同時に
牛の排せつ物が良質な堆肥に大変身。

掃除の手間はなくなり、牛もリラックスし、搾乳量も増加させる発想。

これはバイオテクノロジーに強い知り合いのいわゆる外部の力の活用!

外部の使えるものは何でも研究して挑戦してみるという意欲。

「新しい発想を得るには異業種の人と交われ!」

農産物を使った60種類の食品加工へも積極的に…

種類の多さ=変化を与えることが売り上げをあげるコツ

ダーウィンの『進化論』から生物が生き残った理由は、体力や頭の良さではなく、
ただひたすら変化したことに気づき、即実践している点も素晴らしい。

「動物も産業も変化するから生き残る!」

商品開発のルールにしても魅力的な考えが金科玉条のごとく…

「農業だって『お客様は神様です!』」

「ギリギリの“やるしかない!”が底力を引き出す!」

「失敗しても“ねばり強く” 再挑戦は“軽やかに”」

農業法人や生産者や中小食品メーカーを取り巻く環境は
原料高や消費がまだまだ強くない中で苦戦を強いられている。

アベノミクスと言えども、末端の消費現場は厳しい状況が続いている。

政治や相場や経済のせいにするだけでは能が足りない!

やはり、最後は自分で切り開いていくしか仕方がない。

そんな中で多田さんの取り組む姿は希望の光を与えてくれるような気がする(ペコリ)
by mitsuketai | 2013-07-20 06:30 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(0)

天の原 ふりさけ見れば 春日なる みかさの山に 出でし月かも

これは百人一首にも出てくる、安倍仲麻呂の有名な歌ですね!

若干16歳で遣唐留学生に選ばれ、唐の難関の科挙に合格し、
時の玄宗皇帝にも認められ、唐の高官にまで出世した人物。

何回も帰国を試みながら、船が難破してとうとう帰国が果たせず、
唐の地で月を眺めながら、故郷の奈良の三笠山に想いを馳せる一首。

ここで本題に入りますが、お菓子の“どらやき”のことを特に関西では“三笠”とも言います。

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その由来は、“どらやき”の側面がこの一首に出てくる三笠山に似ているとか、
正面の形が三笠山から出る満月に似ているとか諸説があります。

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ところで、この三笠山って、どこにある、どんな山なのでしょう?

実は、皆さんよくご存じの奈良の若草山が三笠山なのです。

小正月に山焼きで有名な、あの若草山なのです。

ここまでくれば、どらやき⇒三笠⇒奈良の名物にと思うのですが、
奈良の名物として僕の知るところ、三笠焼は登場しません。

まあ、百人一首の歌ひとつ取っても色々な側面から学ぶべきことがあります。

歌を詠んだ人物像、当時の時代背景、当然、日本語の文法や言葉の意味、
はたまた“どらやき”の由来まで…(笑)

学ぶって、知的好奇心が湧き起こるか否かによって、大きな差が出てきます。

たまには“どらやき”を食べながら、安倍仲麻呂を学ぶっていう授業があってもいいのかなあ(ペコリ)

参考文献:古地図・彩色絵はがきから眺める 百人一首今昔散歩
by mitsuketai | 2013-04-01 21:50 | 偉大なる人々 | Trackback | Comments(4)