換金作物と地域農業の活性化

換金作物という言葉を聞かれた方も多いと思います。

江戸時代の後半、幕藩体制の中で、各藩が財政立て直しのために、
栽培を奨励したのが、高価に売れる作物、すなわち換金作物とよばれる特産品。

たとえば、米沢藩の上杉鷹山は寒冷地に適した漆(うるし)や楮(こうぞ)、桑、紅花などの栽培を奨励。

漆の実からは塗料をとり、漆器を作る。楮からは紙を梳き出す。紅花の紅は染料として高く売れる。
桑で蚕を飼い、生糸を紡いで絹織物に仕上げる。

また、大阪の河内地区では木綿の栽培が盛んになり、今でも大きな蔵がある旧家は
河内木綿というブランドで木綿問屋として財を築いたのである。

それ以外にも讃岐の和三盆糖阿波の藍赤穂の塩など各地の特産物の
大半がこの江戸時代に換金作物としての全国への流通性を形成しています。
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江戸時代は今以上に、農家は税金を米で納めていた米が経済の中心の時代(農本主義)

武士のサラリーを表す石高もまさにその例。

それが後半には貨幣経済の発達から金納も出来るようになり、
収穫を売って貨幣を手に入れることが可能になってきたのです。

最初は米を作るべき田畑において木綿・煙草・菜種などの栽培を禁止する法令 
田畑勝手禁止令を出していた幕府も、ついには年貢増を条件に認める政策転換へと…

その結果、換金作物を藩が一手に買い上げ、そこで得た利益で潤った藩は
河川の修復や飢饉対策に資金を活用し、同じ日本の中でありながら
藩によって優劣の差がつくことになったのです。

明治になって廃藩置県で中央集権体制になりましたが、各地が地域の特産物を
開発して地域の経済を活性化させる工夫はこの江戸時代の換金作物の
発想とまさしく同じなのです。

藩の殿様が参勤交代の際に江戸に出府し、将軍に献上して名前を戴いたりして
付加価値をつけるトップセールス!

昔の藩とは違い、行政が直接、営利活動をすることはできませんが、
自治体のトップがセールスするのも人間の営みって歴史的に
繰り返し行われているのだなあと感じています。

新潟県も地元の人しか知らなかった、新潟の茶豆(枝豆)八色すいか
いった特産物を積極的にプレゼンをされています。

武雄の樋渡市長のレモングラスは言わずもがな…

米は確かに我々日本人にとっては大切な食の根幹をなすものですが、
合わせて、価値のある換金作物の栽培を奨励して、加工品も商品開発して
地域経済を活性化させることは、ひいては地域の農業を守り、
その結果として、地域農業の崩壊や耕作放棄地の増加を防ぐことに
つながると思います。

バランスよく、地域全体で持続可能な農業経営を目指していく!

これも究極的には、食糧自給率のアップにつながるのではと思っています(ペコリ)

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by mitsuketai | 2009-09-06 10:19 | 食育&地産地消