あたり前田のクラッカー

今日、関西ローカルの朝日放送で藤田まことさんの追悼番組があった。

てなもんや三度笠に必殺シリーズ、いずれも大阪の朝日放送が放送。

必殺シリーズは松竹京都撮影所で撮影。

いずれも関西から生まれた作品。

てなもんや三度笠では番組提供の前田製菓のクラッカーが一世を風靡。

『おれが、こんなに強いのも当たり前田のクラッカー』

この名ぜりふで堺市のビスケット屋であった前田製菓もあっという間に全国区へ。

何せ最高視聴率60%超えの伝説がその凄さを物語っている。

てなもんや三度笠の頃はテレビ草創期。

朝日放送のスタッフも仕事に燃え、ほとんど帰宅せず、
しかもまずは仕事ありきで、経費予算は後から…という
ハチャメチャなことも許された時代でもあったような。

時代は昭和30年代から40年代前半、つまり万博までの時代、

今ほど裕福な時代ではなかったかもしれないが、
ワクワクするような、未来は明るいという錯覚を
起こしてしまうくらいの活気と希望があった。

そんな時代、現場の熱気から出たのがあの名ぜりふ!

『おれが、こんなに強いのも当たり前田のクラッカー』 
 
藤田まことという名優ご本人の口からこの名ぜりふが
聞けなくなるというのはひとつの時代の終わりかもしれない(ペコリ)
by mitsuketai | 2010-02-27 20:59 | 偉大なる人々