開業100周年

2010年3月10日 関西私鉄の雄 阪急電鉄が開業100周年を迎えた。
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たまたま今日、乗車する機会があったのですが、車内アナウンスで100周年のメッセージ。

阪急電鉄の前身、箕面有馬電気軌道が梅田-宝塚、石橋-箕面間で
開業したのが1910年3月10日

同年3月15日 兵庫電気軌道(現在の山陽電気鉄道)、3月25日には
嵐山電気軌道(現在の京福電気鉄道 嵐電)、そして4月15日には
京阪電気鉄道へと開業ラッシュが続いたのである。

箕面有馬電気軌道は梅田から鄙びた温泉地 宝塚、郊外の箕面という
畑の中を走る電車として、最初の頃はミミズ電車と揶揄された時代も…

宝塚歌劇とパラダイス、箕面動物園(後に廃業)、プロ野球球団経営、
日本で最初の月賦による住宅地分譲、生協の原型となった地域互助組合、
ターミナル百貨店等さまざまな新機軸で、私鉄経営のビジネスモデルを
創始者 小林一三翁が編み出したことは周知の通り。

ところで、開業当初の社名、箕面有馬電気軌道…

なぜ鉄道じゃなく、軌道なのか…

箕面有馬電気軌道開業当時、すでに平行して走っていたのが
大阪と舞鶴を結ぶ阪鶴鉄道(現JR福知山線)

そこで一計を案じたのが小林一三翁

規制の厳しい私設鉄道条例(のちの私設鉄道法)を避けて、
軌道条例にもとづく「軌道」として標準軌で開業。
 
なぜならば、軌道条例に基づく標準軌の方が
レールの幅が広く、その分高速運転が可能であった。
 
しかも当時、軌道条例の条文はたったの3条。
 
軌道で申請して、通してしまったら勝ち(苦笑)
 
だから、鉄道ではなく軌道だったのである。 
 
今や当たり前になった私鉄経営の歴史は100年。
 
100年前には存在しなかった数々のビジネスモデル。
 
そこを考えると、大小を問わず、需要を創造していかないと
明るい未来は存在しえないということがよく分かる。
 
何ごとも、事の大小や権威に関係なく、あらゆる分野で
創意工夫、創造が必要となってくるのではなかろうか(ペコリ)
by mitsuketai | 2010-03-10 23:08 | ビジネス