小林公平氏を悼む

阪急電鉄社長や宝塚歌劇団理事長を務めた小林公平氏が1日、肺炎で亡くなられた。

ここに謹んで故人のご冥福をお祈りしたいと思います。

読売新聞のオンライン記事から引用したプロフィールは下記の通り。

阪急電鉄の実質的な創業者である小林一三氏の三男・米三氏(元社長)の婿養子で、
元三菱商事会長の三村庸平氏の末弟。

銀行マンから小林家入りし、1987年に創業家からは18年ぶりの阪急社長に就任した。
93年に会長となり、阪急・東宝グループの総帥として、グループ力の強化を図った。


今年の初め頃、大劇場の楽屋口付近を歩いておられたのを拝見した時、
歩く速度も遅く、弱々しくあるいていらっしゃる姿は気になっていたところ。
e0009772_2320826.jpg
 
その後、雑誌歌劇の“花の道より”で闘病されておられたことを知ったが…
 
お元気な頃は観劇が終わったあとのお客様を最後のひとりまで
お見送りになる姿が印象的でした。
 
いくつか提案のお手紙を出しても、その対応の指示も早かった。
 
小林公平氏といえば、どうしても阪急ブレーブスの身売りの話になる。
 
阪急グループの事業での功績や演劇関係の文才という功績もある一方で
阪急ブレーブスのファンにとっては売却には納得のいかない部分もあると思う。
  
阪急の創始者 小林一三翁の遺言“ブレーブスと宝塚歌劇は手放すな!”
 
この遺言のプレッシャーの中で、苦渋の決断でブレーブスの売却!
 
阪急の道楽息子と道楽娘と揶揄されたこともあるブレーブスと宝塚歌劇。
 
とにかく、どちらも本業からのバックアップがなければ存続は難しい。
 
どちらかを残すとなれば、球団は他にもあるが、宝塚歌劇は唯一無比の文化遺産。
 
私の人生の半分以上は“宝塚”この言葉に思いが集約されている。 
e0009772_23211873.jpg

ブレーブスファンには申し訳ないが、あの苦渋の決断がなければ、宝塚歌劇は消滅していたかも…
 
今、企業には即収益につながらない文化事業にまで携わる体力はなくなってきている。
 
時代の流れとはいえ、企業のトップの英断がなければますます文化遺産は消えていく。
 
宝塚歌劇を愛してやまないリーダーがお亡くなりになって、これからの宝塚歌劇はどうなるのか?
by mitsuketai | 2010-05-02 23:21 | OH!タカラヅカ