災害と弱者

奄美の集中豪雨で命を落とされた高齢者の方の
ご冥福をお祈り申し上げたいと思います。

急に土砂が入ってきて、救助を待つ間に力尽きて命を
落とされたことに深く悲しみを感じてします。

今年亡くなった父親がお世話になっていた老人介護施設に
ほぼ毎日通っていた関係で、施設に入っておられる高齢者が
このようにしてお亡くなりになると身につまされるものがあります。

介護施設の高齢者の方々ってじっと車椅子に座ったり
ベッドで寝ていたりしながら、何の楽しみもなくじっと
時間を過ごされています。

誤解のないように申し上げると、うちの父親の施設は運営されている
お医者さんが地元でも在宅介護や施設介護の中に家庭的な要素を
十分に取り入れていただくご方針でしたので、スタッフの方も実に
多くのイベントやゲーム、食事にも気を配っていただいていました。

うちの父親が参加した最後のイベント ひなまつりは本人にとって
大変楽しい思い出になったようでした。

それでも健常者と比較すれば、入所されている高齢者の背中には
さびしい、哀愁をどうしても感じてしまいます。

中にはご家族がほとんど面会にこられなかったり、ひとり暮らしの方は
余計にさびしいものを感じられ、日々をお過ごしになっています。

そんな状況の中でもじっとおとなしく日々を過ごされていることに、
何もして差し上げられない自分にもどかしさを感じることもありました。

今回の奄美の豪雨の中で、押し寄せる濁流の中で手すりを持って、
ひたすら助けを待ちながら、力尽きて亡くなられた高齢者の
お気持ちを考えると、余計に悲しみが募ってくるのです。

もっと、穏やかな終末を迎えて差し上げることができなかったのだろうか…?

弱者は自分の力ではどうしようもなく、人間の尊厳が損なわれます。

助けを必要とされる弱者に救いの手を差しのべるのが政治の役割。

高齢者も含め社会的弱者に悲しみが増えるとしたら、
それは政治を含めた社会システム全体の未熟さを示すのでは…

経済指標も大切ですが、国民の幸福があっての経済指標だと思います(ペコリ)
by mitsuketai | 2010-10-23 23:03 | 社会問題