徳育論

昔から教育の三大要素として知育、体育と並んで徳育がある。

人に思いやりをもって接するには、どのような気持ちをもてばいいのか?
  
これが徳育の目指す目標ではなかろうか…  
 
思いやりの持ち方、接し方は実に人それぞれ、色々ある。
 
根本はそういうことを常に考え、どう行動するかを意識することにある。
 
思いやりの心を持てない友達がいたら、どうして思いやる気持ちが
出せなかったのかを、いっしょに考えてあげるのも思いやり。

思いやりを行動に表すことが出来ない友達がいたら、
その出来なかった気持ちを汲み取ってあげるのも思いやり。
 
徳育を教科として、教科書まで作ってしまう動きがあるらしい…
 
食育にも言えることだが、何でもかんでも教科にしてしまうことには了としない。
 
事実、あれだけ声高に叫ばれ、華々しくデビューした食育の現実はどうだろうか?
 
現場で、これといったモノが見えているだろうか…
 
徳育も食育も日常の生活や授業の中で、思いやりや食の大切さに
思いを馳せる心を芽生えさせるきっかけ作りが根本ではなかろうか…
 
押し付けや無味感想な知識をいくら植えつけても仕方がない。
 
人間が行動を起こしたり、変革しようとするには動機付けが必要である。
 
こんなこと、教育心理学が必須となっている教育現場なら言わずもがなでは…
 
きっかけができたら、次々興味がわき、そこに応えていくのが教育ではなかろうか…
 
それでも教科として画一化を目指そうとされるなら、どう見ても現場を理解していないのでは(ペコリ)
by mitsuketai | 2010-12-09 21:10 | ひと言 言わせてもらおう!