“共有”という言葉の乱用

“共有”という言葉の乱用が最近やたら目立ちます。
 
今もNHKのニュースウォッチ9を見ていても、
菅総理が“公明党と問題意識を共有しており…”
 
たぶん、公明党は問題意識を共有しておられないと思います(苦笑)
 
実は最近、多くの場面で“共有”という魔物の言葉で苦しめられています。

問題点を指摘すると、共有という言葉を使って逃げてきます。

これって、一種の流行かなあ…と感じるくらい頻繁に遭遇します。
 
共有している情報や課題はどこにも存在しないのですが(笑)
一緒に苦しみを共有していることを装い、共有しているから
自分たちにはまったく非がないのだ!という論理構成で…
 
課題を共有しているだの!相互信頼という美辞麗句を
丁寧に並べてくる相手には注意した方がいい!
これは最近の知見から導き出されたエッセンスです。
 
共有とか相互信頼とかやたら乱用する方々は
実際、なんらの実績も行動も知見も持ち合わせておられません!
 
皆さんもこの法則をあてはめてみると、なるほど!と納得されることが
あると思いますし、これからも遭遇する可能性が高いと思います。

共有とは具体的な事柄に具体的な行動や結果が伴って
はじめて共有しているという共通認識が芽生えるのです。 
 
相互信頼とは、お互い相手を思いやることから生まれるのです。 
 
自分だけがずるく、得をしようということが見え見えでは…(困)

自分も犠牲を払い、相手にも犠牲を求めることで、
共通の目標を達成できてはじめて相互信頼が芽生えるのです。

実に、言葉に魂が入っていないのです。

日本には言霊と(ことだま)いう素晴らしい考えがあります。
 
言葉が乱れてきて、言霊(ことだま)が言だましに変節しています。

政治家の答弁も言葉の乱用ばかりで、実績が伴っていません。
 
もっと言葉に重みがないと、罵詈雑言の世界になってしまうと
思うのですが、皆さんのお考えはいかがですか(ペコリ)
by mitsuketai | 2011-01-28 22:07 | ひと言 言わせてもらおう!