中止すべきか否か!それが問題だ!

大阪市立桜宮高校の生徒自殺問題で2月20日、21日に迫った入試を
中止すべきか否かの議論がなされている。

橋下市長の新入生を受け入れる態勢が整っていない状況で
受け入れるのは責任を持てない、だから入試を中止すべきである。

この理論それ自体は正しい。

同じことを繰り返す体質が改まない限りにおいて、責任者としては極めて妥当な判断。

もう一方で、桜宮高校の在校生、受験生、保護者の意見を、現行の体制を
受け入れる責任を持てないということで、彼らの意見集約がなされず、
ある意味一方的な首長の判断のみで中止するのも十分な説得力があるとは言い難い。

直近に迫った入試のみに、時間的余裕がないから、中止すべきということでも説得性は低い。

ましてや、スポーツ学科の定員を普通科にする…これは全く説得力がない。

スポーツ学科に問題があって、入試を中止すべきならば、普通科に定員を振り分けず、
ゼロにしないとおかしい。

今の議論は、来月に迫った入試を中止すべきか?実施すべきか?の二者択一の選択肢に限られている。

このままでは、まさにハムレットの心境と同じ。

市長にとっても、関係者にとっても気の毒な判断であることも理解できる。

もし至急に回答が必要ならば、中止、存続の公開討論を行って、住民投票で決すべきではなかろうか?

よく使われる民意というもので決して、その民意の結果は重いとして、
その結果を双方が尊重するしか方法がないのでは…

そこで、無責任かもしれないが、第三の選択肢はなかろうか?

来月に迫った入試を1ヶ月ずらして必ず実施することを約束して作業に着手する。

その間、必死で昼夜兼行で、桜宮高校の関係者、卒業生、在校生、受験生の意見を
徹底的に収集、集約する。

教育委員会にしても、学校関係者にしても市長を説得するなら、昼夜兼行で、
このプランでどうだ!というくらいの気概をもって解決策を提案する必要があるのではなかろうか?

ただ、双方とも時間が来月に迫っているということを、
言い訳に決めてしまう“時間を人質”にしてしまうことはおかしい。

それぞれの意見を踏まえたいくつかの再生プランを提示し、
それを市民に問うことも一つの方法ではなかろうか?

桜宮高校の最大の主体者は在校生であり、ずっと目指してきた受験生に他ならない。

中止、存続について彼ら主体者が蚊帳の外に置かれて、事態が決せられることだけは避けてほしいと思う。
by mitsuketai | 2013-01-20 22:22 | 社会問題